大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)157号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を判示第一の(一)(別表(一))の罪について懲役六月に、同第一の(二)(別表(二))及び同第二(別表(三))の罪について懲役一年に各処する。

理由

本件控訴の趣意は検事岡谷良文及び弁護人井上守三提出の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれも茲に引用する。

検察官の論旨、原判決には法令の解釈を誤つた違法があるとの主張について

所論の要旨は原判決は本件の公訴事実の中、昭和二十七年四月初旬頃から昭和二十八年九月下旬頃まで原判決添付の別紙(三)記載の通り七回に亘つて、≪所在地略以下同じ≫番地の被告人方外六個所に於て、A外六名の婦女の就業に業として介入して利益を得ると共に、公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介をした、との労働基準法違反及び職業安定法違反の点について、次の理由によつて免訴の言渡をした。

即ち被告人は之より先き昭和二十八年十月二十九日岡山地方裁判所に於て、被告人が単独、又は他人と共謀の上公衆衛生及び公衆道徳上有害な売淫婦の職に就かせる目的で

(一)昭和二十八年三月下旬頃…番地待合業小野アサノ方に於て同女に対しEを面接させ

(二)同年四月上旬頃…番地被告人方に於て待合業辻ハツの代理人小野千年治に対し前記E及びFを面接させ

(三)同年同月中旬頃…番地待合業藤田鶴夫方に於て同人に対し、前記E及びF各その頃右小野アサノ、辻ハツ、藤田鶴夫方に於て右E等が売淫婦稼業をするよう各その就職を斡旋した。

との職業安定法違反の罪によつて罰金二万円に処せられ、該裁判は同年十一月十三日確定している。そして被告人が右EFを売淫婦として前記小野千年治、藤田鶴夫方に紹介斡旋した際、同人等からその都度紹介手数料として千円乃至七千円合計一万一千円を受領しているのであるから、此の事実と前記別紙(三)に記載の労働基準法違反の公訴事実とは包括して労働基準法第六条第百十八条違反の罪に該り、此の罪と右職業安定法第六十三条第二号違反の罪とは刑法第五十四条第一項前段の一個の行為として数個の罪名に触れる場合に当るから、右職業安定法違反の罪の確定判決に於て労働基準法違反の点が訴因となされていたと否とに拘らず、此の判決の既判力は公訴事実の同一性の点より前記別紙(三)の職業安定法違反の事実にも及び、此の公訴事実については既に確定判決を経たことになるから、と云うのであるが、之は原判決が併合罪の規定の解釈適用を誤り、刑法第四十五条の併合罪の関係にある数罪を、同法第五十四条第一項前段に所謂一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該る科刑上の一罪と解して免訴の言渡をしたのは違法であるというのである。

そこで所論について検討すると、

原判示の如く婦女を売淫婦として就業させることを斡旋した場合には、公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介をした者として職業安定法第六十三条第二号の犯罪を構成し、法律で許された場合でないのに業として右の就業を斡旋して利益を得た場合には労働基準法第六条第百十八条の犯罪を構成すること及び右職業安定法違反の罪が併合罪であり、右労働基準法違反の罪が包括一罪として取扱われるべきものであることについては異論のないところと思料せられる。

然し原判決は同一の婦女に関する右職業安定法違反の罪と右労働基準法の罪との関係は、刑法第五十四条第一項前段にいわゆる一個の行為にして二個の罪名に触れる場合に当ると解するのであるが、右の職業安定法違反の罪は、婦女を売淫の如き公衆衛生又は公衆道徳上有害なる業務に就かせる目的で、その就業の斡旋をした一切の場合、即ち有料であると無料であると、はたまた業とすると否とを問わず、広く処罰の対象とし、しかも一回の斡旋行為の完了と共に同罪は既遂となるに反し、右の労働基準法違反の罪は、法律に於て許されている場合でないのに、業として右の就業に介入して利益を得た場合に限るわけであるから、等しく右の就業の斡旋をしたとしても何等の利益をも得ていない場合、又は就業の斡旋を業としたものではない場合は、少くとも右の労働基準法違反とはならないことは明かである。そして業としたといい得るためには、単に一回の斡旋行為によつても尚且之を認め得る場合がないとはいえないが、右の労働基準法違反の罪はいわゆる業態犯に属し原則として業としてしたものと認定し得る程度に継続して反覆されることが予想されておる。

従つて、両者は各々その犯罪行為の態様を異にしており、右の労働基準法違反の罪は原則として個々の右職業安定法違反の罪が成立する都度、常に之と同時に成立するという性質の犯罪ではなくして、更に詳論すれば、右の労働基準法違反の罪は右の職業安定法違反となるべきすべての個々の行為それ自体を対象とするのではなくして、同職業安定法違反となるべき行為の中利益を得た場合に於ける個々の斡旋行為が業としてしたものと見做される程度まで原則として反覆されたとき、此の一連の行為の累積した全体を評価の対象として把握し、此の段階に達して始めてその罪が既遂に達したと称し得ることをその特色とするものである。

それ故両者は純然たる併合罪であつて、右の職業安定法違反に当る一個の行為が同時に右の労働基準法違反の罪にも当るということは、原則としてあり得ないから、右の二つの罪が刑法第五十四条第一項前段にいうところの一個の行為で同時に二個の罪名に触れる場合に当るものとは解し難い。

又之を別の観点から論ずると、若し原判決の如く右の二罪が一所為数法の関係に立つものとし、その故を以つて右の職業安法違反の確定判決(労働基準法違反の点が訴因となつていると否とは問わない)の既判力が、その前に犯した同種の職業安定法違反のすべての罪に及ぶものとすれば、併合罪である右の職業安定法違反のすべての罪については、外形的には勿論のこと潜在的にも現実に審判の対象となつていない別の犯罪事実(即ち事実上全く異る訴因)についての確定判決の既判力の拘束を受ける結果となる。かくては併合罪の一部についてなされた確定判決の既判力がその余罪のすべてに及ぶという不都合を生じ、(即ち併合罪の場合に於ては現に審判の対象となつているその犯罪事実に関する確定判決以外に如何なる判決の既判力の拘束をも受けることはない。)刑罪法四十五条後段第五十条の規定との衝突をも免れないから、原判決の見解は到底採用し難い。

そこで本件について此の関係を見ると、原判決が免訴の言渡をした職業安定法違反及び労働基準法違反の公訴事実は冒頭に記載したように、A以下Iに至る七名の婦女に関する有料の売淫婦の就業斡旋行為を訴因とするものであるが、原判決が之に既判力が及ぶとする職業安定法違反の確定判決の訴因は該判決書の謄本(記録一五八丁以下)によつて明かであるように、E、Fの両名に関する日時、場所、相手方を異にした三回に及ぶ有料の売淫婦の就業斡旋行為であつて、両者は全く異つた訴因をそれぞれその内容とするものであるから、その間に公訴事実の同一性は全く認めることが出来ない。のみならず、右の確定判決に於ては前記の労働基準法違反の点については公訴は提起されておらず、且判決もなされていないものであることは前記の判決書の謄本によつて明かである。

従つて右E等に関する罪と、右A以下六名の婦女に関する罪とは事実上に於ても、訴訟上に於ても、何等の関連もないものであるから、右前者に関する職業安定法違反の確定判決の既判力が、後者に関する右の労働基準法違反の罪にはもとより、之等の婦女に関する職業安定法違反の罪にも及ぶということはあり得ないから、原判決が右A以下六名の婦女に関する右労働基準法違反及び職業安定法違反の各罪について免訴の言渡をしたことは、法令の解釈適用を誤つたもので、此の結果は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は此の点に於て破棄を免れない。

検察官の論旨は理由があるから、弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を加えない。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則つて原判決を破棄し、同法第四百条但書の規定に従つて更に判決する。

罪となるべき事実

被告人は

第一、法定の除外事由がないのに業とし、且公衆衛生上及び公衆道徳上有害な売淫婦の職に就かせる目的で

(一)昭和二十七年四月初旬頃から同年九月下旬頃まで別表(一)に記載のように七回に亘つて、…番地の被告人方外六ヶ所に於てA外六名の婦女を接客婦として遊客に売淫させることを主たる業としておる…番地豊田柳吉外五名方に接客婦として就職の斡旋をなし、その頃豊田柳吉外五名から紹介手数料として一回に三千円乃至五千円合計二万五千円を受領し以て他人の就業に介入して利益を得

(二)昭和二十九年四月下旬頃から同年八月下旬頃まで別表(二)に記載のように六回に亘り…旅館千鳥外五ヶ所に於てJ外五名の婦女を前同様の業を主としておる…武村義雄方外四名方に接客婦として就業の斡旋をなし、その頃右武村外四名から紹介手数料として一回に四千円乃至五千円合計二万八千円を受領して以つて他人の就業に介入して利益を得

第二、公衆衛生及び公衆道徳上有害な売淫婦の職に就かせる目的で、昭和二十九年八月上旬頃から同年九月十日頃まで別表(三)に記載したように四回に亘り、板谷リツ方外三個所に於て、O外三名の婦女を板谷リツ方外三名方に売淫婦として就職の斡旋をなし

たものである。

≪証拠の標目 省略≫

適用法条

法律に照らすと被告人の判示第一の(一)及び(二)の業として他人の就業に介入して利益を得たとの点は労働基準法第六条第百十八条に、同第一の(一)及(二)及同第二の公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介を行つたとの点は職業安定法第六十三条第二号に各該当するが、被告人は昭和二十八年十月二十九日岡山地方裁判所に於て、前段に記載したように職業安定法違反(同法第六十三条第二号)の罪について罰金二万円に処せられ、同判決は同年十一月十三日確定したことは同判決書の謄本(記録一五八丁以下)によつて明かであるから、その確定判決前の犯行である判示第一の(一)(別表(一)の(1)乃至(7))のA以下六名の婦女に関する労働基準法違反の罪及び職業安定法違反の各罪は、右の確定判決の各罪との関係に於ては刑法第四十五条後段の併合罪であると同時に、之等の罪相互の間に於ては同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、同法第四十七条第十条第五十条に則つて、犯情の最も重いと認める別表(一)の(5)の職業安定法違反の罪の刑に法定の併合加重をした刑期の範囲内に於て処断すべきであるが、諸般の犯情にかんがみ刑法第六十六条第六十八条第三号を適用して酌量減刑をした刑期の範囲内に於て、被告人を懲役六月に処し、判示第一の(二)(別表(1)乃至(6))のJ外五名の婦女に関する労働基準法違反の罪並に職業安定法違反の各罪及び判示第二の職業安定法違反の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから、所定刑中いづれも懲役刑を選択し、同法第四十七条第十条に則つて犯情の最も重いと認める判示第二の別表(二)の(1)のJに関する職業安定法違反の罪の刑に法定の併合加重をした刑期の範囲内に於て被告人を懲役一年に処すべきものとする。

仍て主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本誉志男 裁判官 浅野猛人 菅納新太郎)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例